歯は10分かけて磨きなさい、とカレンダーに書いてありました。あまりにも長くないか? いったい何分かけて磨くのがいいのでしょうか。ちなみに私は3分くらいです。
うらみわびの「きょう考えたこと」第20回。はじめます。
サッポロポテトはうまい
アニメを見ながらサッポロポテトを食べていた時のことである。「これ久しぶりに食べたけど、うまいな」、「止まらない!」。そう思いながらひたすら袋の中に手を伸ばす。
そこで、少し考えてみた。「なぜ、サッポロポテトはこんなにおいしいのか」。そこで行きついた答えが、うすしお味である。
あえて塩分を控えた味わい、うすしお。それは長い目で見て、たくさん食べやすいように設計されているのである。結果として私たちは何度も何度も手を伸ばしてしまう。気づかぬうちにサッポロポテトのとりこになっているのである。
サッポロポテトな人生
これをむりやり人生論に応用するとどうなるか。
私たちは充実した日々を過ごしたいと考えている。常に充実度100%で生きたい、と考えている人がいるとすれば、それは危険である。なぜなら、充実した日々を過ごすにはそれなりのエネルギーが必要だからだ。
趣味にもエネルギーが必要である。例えば、富士山に登るためには、事前に体力づくりを行い、直前の仕事をあらかじめコントロールしたりする。それは登山がそれ相応のエネルギーを要求するからである。
一方で、私たちはエネルギーの補給に体の休養を必要とするわけで、例えば寝ながら映画を見る、なんていう過ごし方は真の意味においては、休息にならない。身体の休養は必要である。一方で一日の時間は限られている。
したがって、私たちは毎日を100%の充実度で過ごすことは難しい。身体の休息は決して楽しいものではない。人生の3分の1を占める睡眠に心の充足を得る、といったら間違いになるだろうから。
そこで、毎日をトータルとして充実した日々を送りたいのであれば、候補はいくつか考えられるが、その一つとして、サッポロポテトな生き方を提案する。それは、毎日を50~70%程度の幸福度で抑えておいて、次の日への余力を残しておく、と言うものである。具体的にいえば、仕事を頑張りすぎず、趣味を思いっきりやるわけでなく、体の休息をとりながら、毎日をフラットに生きて行こう、という生活モデルである。
このモデルの利点は生活におけるストレスのふり幅が少ないことだ。心は一つの陶器のようなもので、耐久性があるようで、雑な扱いや、温度差に弱かったりする。一度ヒビがはいれば、修復は難しい。したがって、できるだけ圧力のかからない生活を心掛けることが心の安定につながるのである。
このモデルが要求するのは長く続けることのできる趣味だ。言い換えれば、深く掘り下げることのできる趣味である。これがあれば占めたものである。まだ見つかっていないからといって不安になることはない。それはまだ出会っていないに過ぎない。世の中はたくさんの世界にあふれている。今いる世界から散歩感覚で一歩踏み出し、新しい風にあたってみるとよいだろう。
他方、サッポロポテトな生き方は刺激を求める人には味気ないように思われる。それは結構なことだ。ぜひ、自分の生きたいような生き方をすればいい。かつてより、のりしお派かコンソメ派かで争いが繰り広げられてきた。うすしおはまだ新参者だ。争うのは結構なことだが、気分転換に違うテイストを味わうのもいい。バランス感覚も大切だ。
自分の生き方に迷う人がいる。私が大切にしているのは、人の生き方に流されないこと。友達がコンソメ派であるなら、それに合わせるのが人情のようでもあるが、自分の人生のかじ取りは自分でとるべきだ。うすしお派ならサッポロポテトな生き方もよいだろう。決めるのは自分である。
この人もサッポロポテトな生き方!
最後に「サッポロポテトな生き方」を実践している方のエッセイを紹介する。舞台訳者でありタレントとしても活躍、最近ではレモンサワーのCMにレモンの被り物をして出演するなど、老若男女と問わず認知度の高い梅沢富美男さんの『人生70点主義 自分をゆるす生き方』だ。
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舞台にかける梅沢さんの志や震災を受けて感じたこと、そして思わず笑ってしまうアクシデントの数々……。テレビで喜怒哀楽を鮮明に打ち出す梅沢さんらしいエッセイだと思いました。
そしてこのタイトルにもある「人生70点主義」。酸いも甘いもトータルで「ちょっといい」くらいでいい。現在も現役バリバリで活躍するおじちゃんに元気をもらえた1冊でした。
エッセイには著者の「人生観」がにじみ出ます。それはまず文体に出てくる。黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』も、あれは「徹子さんワールド」そのもの!それは読んでいる人を不思議と著者の世界に惹きこむ力があります。だからエッセイは面白い!
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