言葉の不思議
手紙は様々なことを伝えてくれます。
『内容』からは筆者の想いが伺え、
『筆跡』からは筆者の心が見えます。
『行間』からは筆者の本心が察せられます。
手紙って不思議なもので受け取る方も書いている方も様々な情報のやり取りを行います。
書いていてはじめて気づく自らの気持ち、というものがあります。
「私ってこういう風に考えていたんだ / 思っていたんだ」
あらためて気づき驚くことがあります。
でも、ときには自らの思いをはっきりさせることができずにモヤモヤして今うこともありますよね。
何かを伝えたい。
でもそれが何なのかはよく分からない……。
よく分からないから言葉にできない。
【言葉】というものも不思議なものです。
言葉は人がつくりあげたもの。
言葉があらわすもの、『対象物』は確かにこの世の中に存在するのに、それが確かに『存在する』と解るためには、その存在を認識するには私たち人間には『言葉』が必要です。
例えば私が座っている椅子。
私が操作しているパソコンがある机。
机と椅子。これはくっついていれば同じもののようにも感じられますが、私たちは『机』と『椅子』と呼びます。呼び名をつけることで両者を別個のものとして扱います。
これは考えてみれば不思議なことのようで、とても実用的なことだと感じます。
例えば切れた部屋の電球を取り換える際。
「椅子をもってきて」
と家族にお願いします。
ここで必要なのは『椅子』。普段は人が座るために使う椅子です。
ここでは机と椅子の両方は必要ありません。
それでいて、この場面で『椅子』だけがきてくれるのは、あらかじめ『机』と『椅子』という二つの名前がそれぞれについているおかげですね。
私たちは言葉を用いて世界を切り取ります。
日本語は質感をあらわす語句が他言語よりも豊かである、といわれています。
もちもち、サクサク、ジューシー、しっとり、芳醇…… いわゆるシズルワードは最近の流行りですが、もうひとつ。
フランスの化粧品会社は自社製品のテスターに日本人を起用することが多いのだとか。それは日本人がもつ質感の表現の多さをあてにしてのことだといわれています。
他にも、私たちのほとんどが手放せなくなっている有能な携帯電話を『スマートフォン / スマホ』と呼んだのは画期的なことです。
これによって私たちはスマホにできてガラケーにはできないことを理解し、あらゆる事象が『スマホ』を起点として考えることができるようになりました。
ものに名前を付ける、という行為はとてもユニークで現実的で創造的なことなのです。
だから言葉は難しい、ともいえます。
無から有をつくる作業ともいえるでしょう。
それくらい難しい。
だから時に私たちは他者を頼ります。
占いやカウンセリング、友人との会話などがそうです。
他者の言葉をとおして私たちは自分自身を再認識することがあります。
これはとても素晴らしいこと。
本作に出てくる自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)もそう。
彼ら・彼女らは単なる代筆業ではなく、他者の想いを言葉にする職業。
そして感受性に優れ、言葉にするセンスがある人々。
今回はそんな人々の物語をもう少し覗いてみます。
クライアントにとってヴァイオレットは……
他者の想いを代わりに『言葉』にする職業、自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)。
その最前線をひたはしる人気者のヴァイオレット・エヴァ―ガーデンの人気に迫る。
彼女は独特な感性を持っている。
彼女にとって『文』とは「組み合わせ」だと言う。
それでいて彼女にとって『代筆』とは手紙に想いを『吹き込む』作業だと言う。
普段は淡々と作業をこなす彼女であるが、ときには思いもよらない行動に出ることもある。
その彼女にとっての『例外』がとても人間的で優しくて暖かい。
そこが彼女の魅力だと思う。
つまり、ある種の例外・不完全・逸脱が彼女らしさであり、人間らしさ。
彼女はそれを認めないだろうけれども……。
ヴァイオレットと言葉
ヴァイオレットの生い立ちは複雑で、それ故に彼女はギルベルト少佐と出会ったときには言葉を知らなかった。
そんな彼女がギルベルトとの関わりから言葉を覚えていく。
それは彼女が人としての『感情』を覚えていく作業でもあった。
普通の人なら抱くであろう、いわゆる『感動』。その感情が彼女には存在しなかった。その感情を彼女は身に付けていく。その過程がとても切なくて愛らしい。
「『美しい』と、私は前から思っていました。
(中略)
言葉が分からなかったので言ったことはありませんが」
ヴァイオレットはギルベルトの鮮やかな緑色の瞳をそう表現する。この描写が彼女の人としての成長を如実に現している。
言葉と同時にヴァイオレットは自らの『意思』で行動することを求められていく。
人として自立していくことを求められていく。そこにまた彼女の葛藤がある。ここが今後のストーリーの鍵を握りそうだ。
世界に垂らされた数滴の問い
本書はすぐにすべてをさらけ出さない「漂う物語」である、と前稿では表現した。この物語の凄いところはもう一つある。
この物語は「漂う物語」でありながら「主張する物語」である。
世の中に本当のことなど一体どれだけあるのだろう。
(中略)
人生の初めからこんなにもこの世が偽善と裏切りに満ちているのなら将来なんて来なければいいとすら思う。
暁佳奈『ヴァイオレット・エヴァーガーデン(上)』 p.73
殺す側だった気持ちが一気に殺される側へと反転する。それは大きな違いだ。
前者は罪を恐れる怖さがあり、後者は命を絶たれる怖さがある。
同上 p.89
自分が思っていることを他者に指摘されると痛いものがある。
同上 p.305
この物語にはギアが入る場面がある。
静かな情景描写があり、事件が起き、コメントが入る。
このコメントが強烈で情熱的なのだ。ここでいきなり筆者が顔をのぞかせる。
つまり、この小説は単なるファンタジー小説ではなく、恋愛小説でもあり哲学書でもある。読んでいて非常に読みごたえがある。
最後に、この物語は『生きるを応援する物語』。
私たちには名前があります。
それはあなたという存在が他と同等に扱うことの出来ない『あなた』。
他と比べることは本来不可能な『あなた』という存在であることを意味します。
『スマホ』が『ガラケー』と違うように『あなた』は『他者』とは違う『あなた』。
かけがえのない存在なのです。
きょうも皆さんが幸せでありますように
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