この映画がおもしろい!

一匹の犬が貫く人々の人生 馳星周『少年と犬』を読む

ここ数日、祖母と朝散歩をするようになりました。いや~いいものですね。何がいいというと、行き先を自分が決めないんです。祖母が行きたいところに行くので自然な足取りで新鮮な道をゆく。やっぱり一人だと道順のレパートリーが限られるので、どうしても一辺倒になっちゃう。会話もあって楽しい。誰かと歩くのも悪くないものです。

うらみわびの「この本がおもしろい!」30回

少年と犬 [ 馳 星周 ]

価格:1,760円
(2022/7/27 14:45時点)

勝手に評価表
内容★★★☆☆
難しさ★★☆☆☆
価格★★☆☆☆

 どんな本?

本作は6編の短編を合わせた小説である。文芸春秋社の『オール読物』で連載されていた短編を繋ぎ合わせたものだ。この6編は主人公こそ異なるものの、全く別のものではなく、ひとつの時間軸で話が展開される。そして、それぞれの話を繋ぎとめるのが一匹の犬

話の主人公は、汚れ仕事に手を染める日雇い労働者から犯罪者、娼婦、老人、少年など多彩である。しかし、皆が口をそろえて言う。この犬が自分を「救ってくれる」と。

東日本大震災があった年から話はスタートし、数年の時を経て展開される。それぞれの話にはそれぞれの人生がある。決して綺麗な人生ではない。それでも必死に生きている人生がそこにある。それを支える一匹の犬。最後には感動。我々の「人生」というものについて考えさせられ、かつ心温まる小説である。

東日本大震災を契機に一つの時系列で進むストーリーだが、この「犬」は常に同じ方角、南を向いている。南にはなにがあるのか。ミステリアスな要素も含むところが読書スピードを加速させる。

 ここに注目!

本作は6つの短編集であり、それぞれの主人公の人生が詰まっている作品なので内容が非常に濃い!そして、主人公が皆、心のどこかに闇を抱えて生きている。自分が情けない人生を送っていると思っている。それでも仕方なく生きている

そんな主人公たちの人生の転機のひとつを呼び起こすのが一匹の犬との出会いだ。お先真っ暗だと思っていた自分の人生に一筋の希望という名の光が差す。「もう一度ちゃんと生きてみよう」と思う。偶然出会った一匹の犬にはそんながあることに気づかされる。そんな生きる希望を私たちに与えてくれる作品です。

いわゆる暗黒小説といわれるダークな小説を主に綴る著者であるが、今作には上記のような希望がちりばめられている。暗黒からの逆説というべきだろうか。私たちに希望を与えてくれる内容が苦しい時代を生きる私たちの心にマッチする

一方で、ここに登場する人たちは社会のリアルを描いているようにも思えます。例えば仕事や恋愛、老後、人生のあらゆる側面で正義と悪がひしめき合っている社会。悪を抱えて生きる人たち。悪を遠ざけることは簡単だが、悪から抜け出せない人がいるその人たちをどうみるべきか。この小説は問いかけている気がします。

犬好きの著者

著者の馳周星さんは大の犬好きとして知られています。これまでも犬を題材とした作品を数多く世に送り出してきました。本作でも著者の犬への愛情がにじみ出ています。とにかく描写が細かい。著者で最近思い起こされるのは、直木賞受賞当日の発表を待つ飲み会の席でのこと。当選の連絡を電話で受けながら片手でオッケーサインを笑顔で出す姿が印象的でした。なんだか受賞を確信していたかのような風格さえ感じた。本作は馳さんの渾身の一作といってもいいのではないでしょうか。

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