この本がおもしろい!

人が物事に集中して取り組むには何時間必要? P•F•ドラッカー著『経営者の条件』を読む

うらみわびの【この本がおもしろい!】第11回

ドラッカー著

上田惇生 訳

ダイヤモンド社(2006)

『経営者の条件』

ドラッカー名著集(1) 経営者の条件 [ ピーター・ファーディナンド・ドラッカー ]

 

勝手に評価表
ストーリー★★★★★
アクション
感動

時は金以上

私たちの生活において貴重なものとはなにか。それは時間である、とドラッカーは指摘する。

いわれてみれば確かにそうである。時間はお金にも代えがたい。

成果を出す能力のある人ほど時間は貴重である。

以前、ある記事でリニアモーターカーの必要性について触れた。そこでは年商数億を稼ぐ会社の社長にとって数分はとても貴重な時間である、ということを指摘した。数分の無駄が多くの損失を生むのである。

時間が貴重なのは能力のある人々だけに限らない。実は労働者すべてがこの”時間”という貴重な資源を管理する術を身に着けることで、仕事の成果が格段と上がるのだ。

本書のタイトルは『経営者の条件』であるが、この本の対象は経営者だけではない。むしろ経営者の下で働くすべての人にむけて書かれている。

つまり、働くすべての人が”時間”を”管理”することが求められている。

時間を管理するには、時間の使い方を記録し、無駄を見つけ、削り、自由な時間を創出しなければならない。

時間の管理には取捨選択という意思決定を必要とする。その意味で全ての人々が経営者(エグゼクティブ)なのである。

興味深いのは、成果をあげるには、ある程度のまとまった時間が必要である、というドラッカーの指摘である。彼いわく、5~6時間のまとまった時間が必要である。

であるとするならば、15分単位の細かい時間管理や午前と午後で仕事の内容が異なるような業務体系が日常化しているのは好ましくはない。程度の差はあれど、まとまった時間を創出する必要性がありそうだ。

日本政府は、2021年度「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」参考:1)において、希望する従業員が週休3日で働ける制度の導入を企業に促した。

これは副業など、多様な働き方を可能にする方針である。

しかし課題もある。週休3日の労働者の勤務時間は週休2日に比べて短くなる。仮に同じ給料を維持するならば、時間当たりの賃金は上がる。これは経営者にとって悩ましいことである。

ドラッカーの論はこの課題に一筋の光を当てているようにみえる。というのも、まとまった時間に集中して取り組めば、成果は十分に生み出せる、というからだ。問題は時間の長さではない。まとまった時間と労働者の集中力・生産性が重要なのだ。

私自身、このことは実感している。物書きとは一種のクリエイティブな作業である。書くことはある程度決まっているが、それをまとまりのある文章に仕立てるには時間を要する。少なくとも1~3時間は必要だ。これは数日に分けた30分の集まりではない。まとまった3時間が必要だ。

まとまった時間を確保することでよりよい文章を書くことができる。

結果を出すためには

みんながエグゼクティブ

時代とともに働き方のスタイルは変化している。イギリスを中心とした産業革命が生み出したのは資本主義と機会による大量生産。そして多くの肉体労働者である。

はじめは寮を追求すればよかった。つまり、ズボンであれば、手作業では1日30枚しかつくれなかったものを、1日100枚つくることができれば、これは成功といえる。

機械化は仕事を豊かにした。それは生産性を上げ、成果を生み出したからである。

しかしながら、機械化やITの発達に伴い、仕事における生産性は下がっている、とドラッカーは指摘する。例えば、病院では最新医療機器の導入により、それを扱う専門医が必要となり、従業員はむしろ増えた。労働者一人当たりの生産性はむしろ減っている。

これからは労働者ひとりひとりが生産性を上げるべく努力をしなければならない。なぜなら生産性を上げるのは機械化という物理的なものでなければ知識という名のアイデアでもなく、仕事における無駄を省くこと。そしてターゲットに集中することだからである。これは現場にいる労働者ひとりひとりが行わなければならない。

その意味において、これからは労働者ひとりひとりが仕事における意思決定を担っている、といっても過言ではない。労働者皆が上司であり、エグゼクティブなのである。

肉体労働と知識労働

起業における企画や広報、エンジニアといった人々はアイデアで勝負している。その面で知識労働者といえる。

肉体労働者は生産性と正確性が尺度、知識労働者は創造性が尺度となる。 肉体労働者の適性を測るテストは正確性の高い者が存在する。肉体労働における結果はスピード。つまり目に見えるデータで表せるからである。

一方で知識労働者の生産性を測るテストは難しい。スピードや量では測れないからだ。小説家などの物書きや建築士を想えばわかりやすい。彼ら・彼女らの成果は時間よりも成果物で評価される。

量と質

同時に””というものも成果の重要な側面である。質はスピード性と相性がよくない、と考える。スピードを上げようとすると必然と正確性が下がり、質が低下するからである。

最終的には”質”を追求するべきである、と私は考える。働いて成果を出すだけでは意味がない。顧客がいて、その顧客を満足させなければ意味がない。

ほとんどの場合、1回きりの顧客というのは少ない。利益を上げるにはリピーターやファンを増やさなければならない。そのためには顧客を魅了するもの、つまり質の高い成果が求められる。

質を高める近道は”ゆっくりやること”である、と考える。換言すれば物事を「正確に行う」ことである。

多くの人がこのことを見落としているように感じる。指揮官は数字にばかり気をとられ、目に見える成果、つまり量やスピード性を部下に求める。

しかしながら、顧客や従業員の満足度といった””にも目を向けるべきである。これは指揮官が実際に相手の声に耳を傾ける努力をしなければ得られない情報である。

ゆっくり行うことは怠惰ではない。大切なのは、その先に個人の成長があり、その結果として正確性が増し、スピード性が上がり、成果物の量が増えること。それでいて正確性が高いので顧客をがっかりさせないことである。ここまでくれば盤石な組織運営が可能となるだろう。

これには気の遠くなる時間がかかる。アルバイトやパートのような比較的流動性の高い従業員を扱う組織においては、「即戦力」を求めがちである。しかし、真の即戦力とは組織と調和してこそ発揮されるものだ。そこには時間がかかる、ということは認識しておかなければならない。

”貢献”にフォーカスせよ

自らの”強み”はなんだ

組織の一員として働くにあたって私たちが心に留めておくべきことはなんだろうか。

それは「貢献に焦点をあてること」であるとドラッカーは繰り返す。

労働者は常に「自分は組織のために何ができるのか」を自問し、上司は「部下は何ができるか」を部下に直接尋ねる。

この考え方のミソは個人が自らの”強み”にフォーカスすることである。組織に貢献できるのは自らの強みの分野だからである。

反対に”弱み”にフォーカスすることは無意味に等しい。多かれ少なかれ弱みはすべての人に存在する。弱み自体は組織において成果を生み出さない。

ドラッカーはこの”貢献”というワードを多用し強調している。私にとってもこのワードは本書におけるハイライトのように思える。

実際に仕事の場において”貢献”を軸に動くように徹底してみた。すると仕事の能率が組織単位で上がっているように感じる

私自身、器用な人間ではないので失敗が多い。しかしながら自らの強みが「顧客とのコミュニケーション能力である」ことを自覚した現在では、コミュニケーションに集中するようにしている。

反対に不特定多数の顧客からの同時の要望については、処理の正確性が格段に下がるため、早い段階で同僚の助けを仰ぐようにしている。

自らの強みが組織の成果に直結する。そのため、自らの”強み”に焦点を当てなければならない。弱みは消す必要も改善する必要もない。それを補っていくのもまた組織だからである。

知識を武器に働くには

知識労働者こそ“貢献”に焦点を当てなければならない。

知識労働における成果は評価が難しい。ある組織で評価された人が別の組織では評価されないことがある。

知識労働とは一種の芸術である。芸術作品は見る人によって評価が分かれる。ある人が「わるい」と言っても、またある人は「すばらしい」と言うかもしれない。知識労働とはそういう世界である。

したがって、知識を武器にして働く場合、働くフィールドを選ぶ必要性がより大きくなる。知識労働者は自らと組織との相性を問わなければならない。これが今後とも働くうえで大きな課題となる。

合わせて人脈、というのも大切になってくるだろう。知識労働といえども評価されて初めて成果となる。自らの創作物を評価してくれる人、自らのアイデアを形にしてくれる人、それを売り出してくれる人を見つけ出すことが肝要だ。

チャンスを逃さない

組織における”貢献”というと、個人が熱心に働いているところを想像する。しかしながら、「全員がそうじゃないだろ」という意見もでてきそうだ。むしろ組織の「大半」が無気力な状態かもしれない。

それでも、実の問題は個人ではなく、組織の環境にあるのかもしれない。

 熱意に燃え誇るべき成果をあげている人とは、その能力が挑戦を受け活用されている人である。これに対し、強い不満をもつ人はみな、言い方こそ違っても「能力が生かされていない」という。仕事の大きさが、挑戦を受け能力を試すにはあまりにも小さすぎるとき、若い知識労働者は組織を去るか、さもなければ急速に不機嫌で非生産的で未熟な中年となってしまう。

 今日のあらゆる分野のエグゼクティブが、胸に炎を抱いている若者たちの多くがあまりに早く燃えかすになるといって嘆く。しかし責められるべきは彼らエグゼクティブである。彼らが若者たちの仕事をあまりに小さくすることによって彼らの胸の炎を消している。

ドラッカー著 上田惇生 訳『経営者の条件』p.116

大切なのは”チャンス”を与えることである。成功か失敗か、というのは二義的である。第一は個人にチャレンジの機会を与えること。そして、そこから”経験”と反省を引きだすことである。

経験こそが人を伸ばす

なぜ人が無気力になるのだろうか。それは自らの能力の限界がわからないからではないか。

では、なぜわからないのか。それは能力を試したことがないからである。

仕事を始めるとまず与えられるのはマニュアルである。マニュアルに目を通すのは当たり前。

しかし、マニュアルを実践する場が十分に与えられる、問うことに関しては当たり前になっていないように感じる。

これは人間がAIに絶対に負けない、という説の根拠ともなるが、「一流の対応」とは顧客ごとにあった対応をすることである。スーパーのレジでいえば、「箸が必要か」ということを尋ねるのでさえ、ある人には「お箸はご入用ですか」と聞き、ある人には「おてもとはいりますか」と聞く。少ない商品でもカゴに入れる人にはカゴを用意し、その場で袋詰めをしたい客には、打刻した商品は手渡しで渡す。プロフェッショナルは顧客の顔と特徴をおさえている。AIにはこのような細かな対応はできない。

一流の対応」とはマニュアルからの逸脱を必然的に含む。マニュアルは一般論にすぎず、「一流」とはオンリーワンだからだ。

”強み”のある組織の未来

発達障害は強い

組織において重要な個人の”強み”。実はこれを伸ばすのが得意なのが日本の企業である、とドラッカーは言う。

一方で、終身雇用制度は安心感はあるが、一部の能力のある者だけが重要な職務を任されている、という弊害も指摘されている。

働くすべての人にチャンスが与えられるべきである、というのは前述した通り。ここでも”強み”にフォーカスすることで道は開かれるだろう。

発達障害をもった人は能力が低いわけでは決してない。むしろ他の人にはない強みをもっている。

例えば自閉スペクトラム症(ASD)は集中力が人並外れている。ある人はゲームのシステム点検の業務についている。その方は並外れた集中力で長時間の点検作業も正確に行う。また、他の人にはない独創的なアイデアを普通に思いつく人もいる。

私だって、うつ症状持ちであるが、この繊細な感覚はむしろ”強み”だと思っている。この”感覚”を武器に私は筆をとっている。

AIは人間の業務を押しやるのか

最後に、AIをはじめとした”コンピュータの発達”が組織の働き方にどう影響するのか、について考えていきたい。

興味深いのは、年代こそ少し前に書かれた本であるが、ドラッカーはコンピュータが人間の仕事を押しのける、とは考えていないのだ。

コンピュータの出現は、かえって人間に本当の意味での意思決定を必要とさせる

コンピュータはプログラムされた仕事しか行うことができない。状況判断や顧客ごとの細かな対応、それに伴うリスク管理、意思決定は人間の仕事である。

ソフトウェアの導入で人事労務管理はだいぶ楽になった。しかしながら、どんなに高価で性能の良い労務ソフトでも、適切な設定を行わないと、機械は誤った値を返してくる。これは結局のところ、機械の上げる成果は扱う人間しだい、ということを示唆している。

先日、紹介した将棋とAIのはなしであるが、AIは迅速かつ膨大な量の学習が得意である。一方で、1手をあらそう終盤の駆け引きは苦手である、という指摘がなされていた。人間だけができること、はまだまだあるのだ。

今日も皆さんが幸せでありますように

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参考

1.2021年度「骨太の方針」(https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2021/decision0618.html

デジタル社会を生き抜く天才 谷川著『藤井聡太論』を読む うらみわびの【この本がおもしろい!】第5回 谷川浩司 著 講談社(2021) 『藤井聡太論 将棋の未来』 ...

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