この本がおもしろい!

自分を失いかけた2年間 鴨志田一『青春ブタ野郎はおるすばん妹の夢を見ない』を読む

うらみわびの【この本がおもしろい!】第20回

先日、いじめに関する裁判の判決が出された。内容は、いじめの実態を否定していた自治体に対して被害者家族に対して損害賠償を支払う、というものである。いじめの定義はこれまでも議論されてきた。まず、いじめというもの自体があってはならないものである。そのうえで、なくならない「いじめ」に対して社会として、その存在を明らかにし、しかるべき対応をしていくことが肝要である。

「誰にも相談できない」現状

そもそも「いじめ」というもの自体の実態をつかむことがむずかしい、という問題が横たわる。2021年文部科学省による調査によると、小学6年生と中学2年生では、不登校になる前に「誰にも相談しなかった」という回答が4割近くに上った。いじめを誰かに相談すること自体がハードルが高いことがうかがえる。

「相談するべき相手が分からない」という声がある一方で、私が考えるに、不登校に至る無気力感は突如として噴出する。したがって、本人でさえ自らの心身の変化に早い段階で気づくのは難しいのではないだろうか。人間にはストレスに対するある程度の耐性がある。特に真面目な人や他者を悩ませたくない思いやりのある人は他者に相談することを躊躇する傾向が高いように思われる。

「家が好きすぎる」少女の葛藤

今回紹介するのは、そんな「いじめ」をテーマにした小説。鴨志田一 著『青春ブタ野郎はおるすばん妹の夢をみない』だ。

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『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』というタイトルでアニメ化もされ人気を博した本シリーズ、いわゆる「青ブタ」。本書はシリーズ第4作目に当たる。ちなみに各巻が一応独立した話となっているので、どの巻から読み始めても大丈夫。

この本のタイトル。後半の「おるすばん妹」というのが、本書の主人公である梓川咲太の妹、梓川かえで のことである。実はこの妹、かえでは中学の時のいじめがきっかけで不登校になってしまった。当時の記憶がトラウマとなり、家の外に出ることすらままならない。咲太の言葉を借りれば「家が大好きすぎる」妹である。

このシリーズの魅せ方としてうまいのが「心の痛み」という目に見えないものを「外傷」として描いている点だ。かえではいじめられていた当初、体に無数のあざができた。幾日経っても消えないそのあざは、彼女が家に引きこもってしばらくすると消える。それからも心的なストレスが重なると再びあざが出るのだ。

いわゆるトラウマ。心の傷は一度刻まれると消えることはない。隠すことはできても消すことは難しい。隠しながら(気にせず)生きていく。共存していくしかないのだ。

そんな、かえでがあることがきっかけで外の世界に出ていこうとする。本書はそんな彼女の挑戦を描いた巻になる。

この物語で訴えかけるのは家族の存在の大切さである。いじめに立ち向かうのは当事者である被害者本人だけではない。その家族もメンタルのケアやいじめそのものに対して闘っていくのである。先ほどの文科省の同調査において、被害者がいじめの相談先として一番多く挙げたのが『家族』(小学6年生:53.4% 中学2年生:45.0%)だ。困った時に側で悩みを受け止められる家族の存在の大きさというものも垣間見える結果といえるだろう。

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人生にゴールがつくとしたら……

本書で印象的なシーンがある。咲太がかえでをつれて上野動物園のパンダを見に行くシーンである。深い感想は差し控える。感動的なシーンだった。

上野動物園といえば、上野公園。私も散歩したことがありますが、本当に広くて歩き甲斐があります。都会の中のオアシス、とでもいうのでしょうか。自然が豊かで癒されます。

そんな上野公園前を舞台にした小説、柳美里 著『JR上野駅公園口』は人々の「人生」に焦点を当てている。

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上京の夢と震災、そしてホームレス生活を通しての主人公の人生観は私にとって新鮮そのものでした。

私たちの人生はどこに向かうのでしょうか。本書では語り手である主人公は人生を「本の中の物語とはまるで違っていた。文字が並び、ページに番号は降ってあっても、筋がない。終わりは合っても、終わらない」ものだという。本書が多くの人々に読まれていることをみると、ここでの主人公の人生観、脈絡のない人生こそが現代人の人生観にマッチするところがあるのかもしれない。

「例えば世界にゴールがつく。さすれば全て満たされ幸せになれるの?」。これは、五感で楽しむ音楽を手掛けるアーティスト、みみめめMIMIの『サヨナラ嘘ツキ』の歌詞である。欲望が支配し成長が望まれるこの世の中において、変化が終わることはない。あるものが生まれては消えの繰り返し。そこに目標はあっても終わりはない。

人生には目標が必要だ。目標があるからやるべきものが見えてくる。やるべきものが見えるから備えられる。人生は挑戦と失敗の連続である。そのなかに充実感としての幸せがある。私はそう考える。

しかし、思うようにいかないのもまた人生である。これはこれでいいのかもしれない。いや、「これでいい」と割り切らないとやっていられない。コロナで不況。暗いことばかりが取り上げられる現代。苦しい時にこそ空を見上げ、先を見据える度胸が必要であろう。

いつも読んでくださりありがとうございます。今日も皆さんが幸せでありますように。