うらみわびの【この本がおもしろい!】第15回
本当は夏真っ盛りのときにアップするといい作品のような気がしましたが波に乗り遅れました。
何と言っても著者が「夏川」さんですからね!
でも、いつ読んでもいい小説です!
夏川椎菜 著『ぬけがら』
ソニー・ミュージックエンタテインメント 2019年
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勝手に評価表 | |
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ストーリー | ★★★★ |
アクション | ★★ |
感動 | ★★★ |
どんな話?
本作は夏川さんの自身のブログ『ナンス・アポン・ア・タイム』からはじまり、その文才を買われ、時を同じくして発売した写真集『ぬけがら』にストーリーをつける、という趣旨のもとに夏川さんが同作を小説化したものです。そして夏川さん自身初の小説であります。
構成としては短編小説集という形をとっています。しかし、読んでいると気づくのです。それぞれの短編がある一つの要素に集約されることに。最近では馳星周さんの小説『少年と犬』が直木賞を受賞しましたが、あんな感じの小説です。
それぞれの話は現代の若者を主点に描かれており、内容は実にシンプル。なんだか日記の様でもある。終わり方もそれほど感動的ではない。でも、ちゃんと心に遺るものがある。共感できる。それがこの短編集の魅力。
思うに、私たちの人生ってそうなもんじゃないのかな、って思うんです。「事実は小説よりも奇なり」という言葉がありますが、小説ほどは感動的ではないというか、具体的には分かりやすいハッピーエンドではないと思うんです。
そもそも人生は終わってから自分で振り返ることはできないし、十年くらいしてから「良かった」とか「良くなかった」とか思えることもあるし、「良くなかった」と思っていたことがずっと後になって「良かった」と思えることも当然あるだろうし。本作にでてくる内容っていうのは登場人物からすると人生の大きな出来事になるかもしれない。でも読者からするとそれほど感動的には映らない。それはきっと私たちが彼ら彼女らではないから。客観的に物事を見ちゃってる。でも、共感はできる。ある意味でリアリティに溢れた小説です。
さて、以下に各章の簡単なあらすじを載せます。
●初恋のシャンプー
自身で製作した小説を誰かに読んでもらおうとコインランドリーの本棚に置いてみた少年、彼の目の前でそれを読む女性とのあいだのお話。
●匿名銭湯小噺
サラリーマンが毎週通い詰める銭湯でのバイトの女の子との間のお話。お互いに名前すら知らないが、他人というにはあまりにも気心の知れた関係……。
●タカビシャとパッチ
有名写真家の娘とファッションデザイナーを目指す女の子との間の物語。
●私と孫の古時計
燃え尽きて会社を退社した女性とその祖父との同居生活を描いた物語。
●16時50分
デートというにはあまりにも「デートっぽくない」男女の会話。
●16時50分 side B
前章を女子の目線から描いたもの。
緻密なストーリー展開
小説においてプロットってとっても重要。本作はちょっと笑える小噺が2作入って、夢を諦めかける女性の話がズドーンと入り、その裏話が重く後に続く。一見してデタラメな時間軸の配置のようであるけれども、話の「重さ」を軸に考えると、しっくりくる。最後には不安と希望が入り混じっている終わり方。でも、そこには光り輝く主人公の確実な「希望」が描かれている。
これって物語では重要なことだと思う。とりわけまだ若い女性の人生はバッドエンドで終わってほしくない、という読者の心の内があるわけだから、読後感として「希望」は外せない。本書は、ダークな部分のアンチテーゼとしての主題が大きく掲げられた良書であるといえる。
夏川さんの文才はかなりのものであります。私自身、アニメ声優雑誌『声優グランプリ』での夏川さんの連載『夏川椎菜の なんとなく、くだらなく』は毎月楽しく読んでいます。本当にね、文章にひねりが利いていて面白いのよ。エッセイというより小噺!?もうこれは「夏川劇場」ね。
価格:3,520円 |
やばいやつで、声優
夏川さんは本作を通して小説家という新たな土地を開拓したわけですが、声優の他に歌手やモデル、音楽ユニットのメンバーなど数多くの顔を持っています。どうやらこのことについては彼女自身も自覚があるようで……
夏川は、歌手で、作詞家で、ブロガーで、エッセイストで、シャンティで、TrySail(トライセイル)というユニットのやばいやつで、声優です。
『ぬけがら』「あとがき」
私が刮目しているのは彼女の作詞家としての顔。彼女は自身の楽曲の歌詞を書いています。歌手 夏川椎菜の楽曲は心のダークな部分を白いキャンバスにまき散らした感じで、とにかくインパクトが凄い。それもひとえに彼女が世界のダークな部分に対するアンテナの受信度が非常に高いからでしょう。そういった部分が根底にあるので彼女の繰り出す文章は味があって含蓄に富んでいるのだと思うのです。
さて、本作でも彼女の文才は爆発しております。いわゆる一昔前の文豪にみられる、難解な語彙がちりばめられたものでは決してなく、それこそブログのエッセイのよう。言うなれば、現代人の小説といえるでしょう。これは否定では決してなくて、だからこそ現代人の心にストレートに響くストーリーなんですよね。読後感としては「感動」というより「共感」が強かったです。「ああ、私も若かれしときはこんな気持ちだったな」って純粋に思いました。